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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)635号 判決

判決

東京都江戸川区小岩町四丁目千七百十五番地

控訴人

根岸亀之助

東京都江戸川区小岩町五丁目百三十六番地

鈴木慶次郎

右両名訴訟代理人弁護士

青柳盛雄

小沢茂

池田輝孝

佐藤義弥

金綱正己

青柳孝夫

東京千代田区丸ノ内

被控訴人

東京都

右代表者知事

東龍太郎

右指定代理人東京都事務吏員

石葉光信

泉清

右当事者間の昭和三十五年(ネ)第六三五号事業税賦課処分無効確認請求控訴事件について、当裁判所は昭和三十五年十月二十九日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所え差戻す。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。東京都江戸川税務事務所長が昭和二十八年八月十五日に控訴人らに対してなした昭和二十八年度事業税賦課処分は無効であることを確認する。訴訟費用は、第一審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、

被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記を附加するほかは、原判決事実摘示と同一であをからこれを引用する。

控訴代理人は次のように主張した。

一、所得税と事業税とは、課税の基礎理念において、根本的な相違がある。このことを認識せずに、法文上所得税法九条四号と地方税法七七四条九項との類似点だけを形式的に比較し、所得税法の他の規定ならびに地方税法の他の規定の相違点を無視して、両者は本質的に同一のものであるから、所得税の課税標準と事業税のそれとは、つねに一致するものであるとか、理論上一致しなければならぬとかと考えるのは、右二つの税の実質的な相違を無視したものであつて、正しくない。

二、所得税法九条四号の所得も、地方税法の事業所得も、ともに資本を投下することによつて営む事業経営上の収益に担税能力を認めるという点では共通である。しかしながら所得税は事業税と異り事業であると勤労であると或はその他の原因であるとを問わず、一定の収入があつた場合に、その収入そのものに担税能力を認めるので、その収入は事業上の利潤にかぎらない。経済的な危険負担や勤労その他の犠牲を伴わない収入についても所得税は課せられるのである。これに反し、事業税は資本を投下し経済的な危険負担を負いつつ、事業経営上の資本と勤労によつて獲得した利潤について、担税能力を認めて課税するものである。

三、このように両者における課税基礎理念は、本質的に相違している。従つて所得税は、憲法二五条一項所定の「文化的な最低限度の生活を営む権利」を保護するために基礎控除の外に扶養控除その他各種の控除を認めているが、事業税については、僅かばかりの基礎控除は認めているが、所得税に認められているその他の控除は認めない。すなわち事業税はあくまでも資本投下による利潤のみに着目して、冷厳な態度で課税することになつているのである。事業税には憲法二五条一項のような配慮は無縁とされているのである。それは、端的に表現するならば「儲けたのだから、いくら生活が苦しくとも、いくらか出せ。」という建前であつて、人情の入る余地はない。

四、このことは所得税法九条四号の所得税と事業税とを比較したばあいに、つねに後者が前者よりもその税額が多額となつていることをみれば明白である。このような現象が起るのは一面において、事業税のもつている前述の冷酷無惨な本質に基因しているが、それと同時に他面において所得税法九条四号の所得税との本質的相違を無視した徴税の仕方、すなわち両者はつねにその課税標準において一致すべきものであるという形式的な妄断に原因がある。

五、このことを、さらに具体的に説明するならば、所得税は、事業経営における親族の協力によつて得べき収益について、いわゆる「自家労賃」の経費控除を認めないのであつて(所得税法十一条の二参照)、そのこと自体封建的な家族制度の遺物ともいうべきであり、不合理であると考えるが、所得税法は、他面において前述のとおり相当額の基礎控除と扶養控除、医療控除その他諸種の控除によつて、この不合理を多少なりともカバーしているのである。ところが事業税については僅かばかりの基礎控除を行つているだけであつて、それ以外の控除は認めない。この基礎控除は、事業における資本蓄積の見地から認められるに過ぎないのである。このようにして、本来利潤に課税すべき事業税において、「自家労賃」を経費として認めないという不合理が起つてくるのである。それは、制度上認められていないというのではなく、前述のとおり所得税法九条四号の所得についての課税標準と事業税の課税標準とを形式的に同一視するところに原因がある。

六、これを要するに事業税の課税標準たる利潤の算定において、当然認められなければならない「自家労賃」という経費を無視し、機械的に所得税法上の課税標準を事業税のそれと同額のものとしている本件課税方法の不合理、違憲法性に認めなければならないのである。

七、政府は、本件賦課処分の違法性に対する業者の反対運動に遭遇して、あわてて昭和二九年五月一三日に地方税法七二条の一七、及び五〇の追加規定を設けて、形式的に本件賦課処分に合法性を追認しようとした。それは法律上遡及効を認めるに等しいものであつて民主主義に反するばかりでなく、前述のとおり何らの合理性もない違憲立法といわなければならない。

なお政府は昭和二九年五月一三日の追加規定である地方税法七二条の五〇、一項中「当該個人が税務官署に申告し若しくは修正申告し、又は税務官署が更正若しくは決定した課税標準を基準として、事業税を課するものとする。」という一方的な措置の不合理性、違法性を認めざるを得ず、その後右のうち「若くは修正申告し、又は税務官署が更正若しくは決定した」という部分を削除し「当該個人が税務官署に申告した課税標準を基準として、事業税を課するものとする」とし「自主申告」によるべきものとして多少なりともその不合理性を緩和しようとしているのである。

八、以上述べたところによつても明らかなように所得税と事業税とは課税の基礎を異にするものであるに拘らず東京都江戸川税務事務所長が現実に控訴人等の昭和二十八年度における事業所得がいくらであることを調査することなく、控訴人等の同年度所得税算定の基準とされた総所得額をそのまま機械的に基準としてこれを控訴人等の事業所得額と認定した課税手続は違法であつて、右手続によつて同事務所長が昭和二十八年八月十五日に控訴人等に対してなした昭和二十八年度事業税の賦課処分はいずれも無効である。

被控訴代理人は、本案前の抗弁について次のように附加主張した。

控訴人等は、本件の訴訟物は、本件課税処分そのものの無効確認を求めるものであると主張しているが、本件課税処分そのものが何を指すかについては具体的に明らかにされていないのであつて結局のところ東京都江戸川税務所長が本件賦課処分を行うに当りなした調査方法、或は課税方法の違法をいうに過ぎない。そして右の調査方法の違法がひいては、賦課処分そのものの違法をきたし無効であるといつてみても、実質的には同一内容の繰返しに過ぎないというべきであつて、本件訴訟物が控訴人等の具体的権利義務に関するものでないことは明らかである。ところでこのような請求は、請求自体において何ら意味のないものであり、確認の利益がないものといわなければならない。何となれば、調査方法或は課税方法がかりに違法であるとしても、そのことによつて、直ちに控訴人等の具体的利益が侵害されるという関係は生じてこないし、そのような調査方法の下に賦課された事業税額が真実に反することなく、適正、妥当な額であれば控訴人等の権利侵害ということは全くあり得ないからである。

証拠の関係(省略)

理由

東京都江戸川税務事務所長が、控訴人根岸の昭和二十八年度事業税について、事業所得税額を金十二万九千円、控訴人鈴木の同年度事業税について、事業所得額を金十九万九千円(昭和二十九年三月三十一日金十四万八千四百円に更正減額)と認定し、昭和二十八年八月十五日に控訴人等に対しそれぞれ同年度の事業税の課税処分をしたことは当事者間に争がない。

控訴人等の原審以来の主張、並びに当審で附加した主張および本件控訴の趣旨を合せ考えると、本件は東京都江戸川税務事務所長が控訴人等の昭和二十八年度の事業税の課税標準を算定するについて、何ら独自の調査をなすことなく、国税である所得税について所轄税務署長が所得税賦課のため調査した控訴人等の昭和二十七年度事業所得額をそのまま援用したのは、地方自治および事業税の本質に反し違法である。従つて右違法な調査によつてなされた課税標準に基いて、昭和二十八年八月十五日になされた控訴人等に対する昭和二十八年度の事業税の賦課処分はいずれも無効であるから、その無効確認を求めるというのである。従つて、控訴人等が本件において無効確認を求める対象は、東京都江戸川税務事務所長が昭和二十八年八月十五日になした控訴人等に対する同年度の事業税賦課処分であり、その無効原因として、右税務事務所長のなした課税標準となるべき事業所得調査の方法の違法を主張するものであることが明らかである。被控訴人は、控訴人等の請求は具体性を欠くというが、控訴人等が本件において無効確認を求めるは、東京都江戸川税務事務所長が昭和二十八年八月十五日に控訴人等に対してなした同年度事業税の賦課処分であることは上記認定のとおりであるから、課税額の表示を欠くとしても、本訴で無効確認を求めている行政処分は、十分特定されていると解すべきである。ことに、控訴人等が本訴によつて主張する利益は、右課税処分によつてなされた各自の税額であるから貼用印紙額の算定のために各自の税額を明かにする必要があるので、自らその税額も明かにされている。よつて、この点についての被控訴人の主張は理由がない。

被控訴人は、本件は課税標準ないし課税額を争うものではないから、具体的法律関係の争訟とは認められないというけれども、現行の各種税法は課税処分を一種の行政処分と解し、ひろく抗告訴訟を認めているのであるから右課税処分についても実体上若しくは手続上重大且つ明白な瑕疵のあることを主張して、その処分自体の無効確認の訴を提起することも許されるものと解する。もつとも、本件記録によれば、控訴人両名控訴代理人は原審での最終の口頭弁論期日に、本件では課税額を争うものでないと述べている。その趣旨を控訴人等が無効を主張する本件各課税処分における事業税額の当否については不服がなく、従つて更に適法な調査方法を行つても本件各課税処分と同一の結果となることを是認したものと解することは、控訴人両名の主張の趣旨からすれば、無理な解釈であるばかりではなく、本件課税処分が無効であれば、当然それに基いて納入した税金の返還を求め得るのであるから、右控訴人両名の主張は、むしろ本件の争点は、課税標準となる事業所得の調査手続の違法を主張する一点にあることを明にしたものに止まると解するのが相当である。よつて、右控訴人等の陳述を捉えて、本件各課税処分自体には不服がないというに帰すから、控訴人等の本件訴は確認の利益を欠くものと結論することは許されない。控訴人等の主張は、控訴人等に対してなされた昭和二十八年度事業税の賦課処分が、その調査手続の違法により当然に無効となることを主張するにあることは、上来説明のとおりであつて、仮りに右課税処分が無効とせられ、改めて適法な調査手続によつて算定された課税標準及び課税額が本件課税処分と同一の結果となることがあるとしても、無効な課税処分について納付した税金について、当然新たに適法になされる課税処分による税金に充当されることとはならないから、本件訴を即時確定の利益を欠くものということはできず、被控訴人等の主張はいずれも理由がないものにいわなければならない。

そうであるから、被控訴人の右主張を採用して本件訴を不適法として却下した原判決は相当でないから、民事訴訟法第三百八十八条によりこれを取消し、本件を原裁判所え差戻すこととして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第八民事部

裁判長裁判官 村 松 俊 夫

裁判官 伊 藤 顕 信

裁判官 杉 山   孝

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